社員が共感できるビジョンを提示できているか
優れた企業ビジョンの要件
最上位の段階における社員の仕事観を満たすには、企業は社員の共感を呼び起こすような高い志(ビジョン)を提示するとともに、エンゲージメントを高める「仕事の中身」や「役割・権限」を社員に提供する必要がある。
ただし、どんなビジョンであっても良いというわけではない。では、企業のビジョンはどうあるべきか。米国メリーランド大学のロバート・バウムらは優れたビジョンには、①簡潔さ、②明快さ、③ほどよい抽象度、④チャレンジングさ、⑤未来志向、⑥ぶれない、の6つの特性が備わっていると指摘している。
たとえば、設立時のソニー(現)は1946年の「東京通信工業株式会社設立趣意書」に「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設 」ともに「日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動」という個人の活躍の舞台と高い社会貢献の理念を掲げ、売れるだけの商品に満足せず、画期的商品を次々と開発した。同社は、2014年4月に10人程度の社内ベンチャーを立ち上げる事業部横断のプロジェクト「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」を開始したが、その後、たった数年の間に数多くの新規事業が立ち上がっている。設立当初の志が今なお社員の精神に刻み込まれているのかもしれない。
ロート製薬の山田邦雄代表取締役会長兼CEOは、企業がどうあるべきかを考える前に、何のために仕事をしているのかを考えることが大切と考え、コーポレートスローガンを「NEVER SAY NEVER(世の中を健康にするために自分の進むべき道を見据え、どんな困難にもめげず常識の枠を超えてチャレンジし続ける)」、経営理念(「7つの宣誓」)の一番目に「私たちは、社会を支え、明日の世界を創るために仕事をしています。」を掲げている。就業時間の一部を、部門の枠を超えて他部署でも従事するという「社内ダブルジョブ制度」も、副業を可能にする「社外チャレンジワーク制度」も、このようなチャレンジ精神を持つ社員を育てるにはどうしたらよいかとの議論の中から誕生したものであり、この高い志を行動に結びつけるための仕組みと言える。
社員の人生と企業をつなぐキャリア形成支援を
ユニリーバは、「5歳の誕生日を子どもたちに」というスローガンを掲げている。衛生状態が悪く、幼少期の死亡率が高い新興市場の子どもたちが少なくとも5歳まで生きられるようにするにはどうしたらよいか、という視点に立脚することで、滅菌に要する手洗い時間が短く、かつ、色の変わる石鹸を開発し、「手洗い」を子どもたちにとって楽しい時間に変えることに成功した。優れたビジョンとは、その企業が本来、どのような価値を社会に提供したいと願っているのかを社員に伝え、共感を呼び起こす働きを持つのではないだろうか。なお、同社の日本法人であるユニリーバ・ジャパン・ホールディングスでは、「What is your life purpose?(あなたが人生で成し遂げたいことは何ですか?)」との問いかけから、キャリアディスカッションを始めるそうだ。社員の人生と企業をつなぐキャリア形成支援が大きな視点で仕事に向かえるマインドを作り出しているのかもしれない。
社員の「わくわく働きたい」との気持ちを企業の成長に確実につなげているこれらの事例を通して読み取れることは、社員を魅惑する力強く高邁なメッセージの発信と、これに共感した社員の自律性や主体性、自由な行動を「許容」し、むしろ「支援」するいくつかの仕掛けを設けている点である。
三菱総合研究所の予測によると、人工知能(AI)やIoTなどのデジタル技術やロボット技術の急速な進展に伴い、専門的・技術的職業従事者の需要は2030年までに200万人以上増えることになる。将来的には、事務職、生産職などの定型業務は減少する一方で、AIやロボットによる代替が困難な非定型的で高度な専門性を有する人材が大幅に不足するのである。高い能力を持つ個人は、その能力を十全に発揮できる活躍の舞台を求めている。これまで以上に「企業が人を選ぶ時代」から「人が企業を選ぶ時代」に移行するのではないだろうか。
企業の持続的な成長と発展を実現するためには、「社員が高次の欲求を満たせる会社づくり」を経営の最重要事項に据える必要があるのかもしれない。
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