「目標」設定の功罪

「ダム機能」とは?

日本創成会議・人口減少問題検討分科会が平成 26 年 5 月 8 日に打ち出した「ストップ少子化・地方元気戦略」は、政府の「選択する未来委員会」の議論のベースとなっています。

この中に地方の人口に関する次の記述があります。

「地方から大都市への『人の流れ』を変えるためには、地方において人口流出を食い止める「ダム機能」を今一度構築し直す必要がある。それに加えて、近年の若者(特に女性)の動向を見ると、地方から大都市への「流出を食い止める」だけでなく、一旦大都市に出た若者を地方に「呼び込む・呼び戻す」機能の強化を図ることが重要になってきている。」

「ダム機能」とは地方から大都市部への若者の流れを止め、地方に残り続けられるような働きを指しています。

しかし、すでに25~34歳の4割は大都市部で生活しています。まだ地方に多くの若者がいた半世紀前なら、それなりの効果は期待できたかもしれないですが、今となっては時すでに遅し、せき止めるほどのヴォリュームはないと考えます。となると、大都市部から地方部への移動、すなわち地方移住の促進が望まれることになります。ただし、これについても少子化にどれだけ効果があるのかは未知数です。なぜなら、「地方の方が合計特殊出生率(TFR)は高いので地方に若者を留めれば、あるいは、地方に若者をつれてくれば国全体のTFRが上がる」という上記の主張の前提にあるロジックに問題があるからです。地方の方が出生率が高い理由には、同居世帯の割合が高く、若い夫婦が子育ての支援を受けやすいこと、自営業比率が高く職住近接•職住一体の傾向が強く、夫の育児参画のハードルが低いことなどが考えられますが、外部から転居してくる人たちが、その地域で生まれ育った人と同じ条件で暮らせるとは限りません。

大都市圏こそ少子化対策の重点地域

少子化対策は地方部に期待するのではなく、数多くの若者が住んでいる大都市圏こそが対応しなければならない事項と考えます。人口減少に歯止めをかけるのなら、地方ではなく首都圏などに対して対策を講じるべきであるにもかかわらず、大都市に向けた少子化対策の方向性は各自治体にゆだねられ、明確に打ち出されていないのが実情です。

人口減少は少なくともここ半世紀以上の間は避けられないし、この数年間に、これまでにない財政支出を図り、少子化対策を行ったとしても、合計特殊出生率を1.6~1.8程度まで上げられれば良い方です。しかし、人口を同規模で再生産しうるレベルである2.07にまで到達することは、まず考えにくいです。「50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持」、すなわち、人口1億人で下げ止めるためには早期に人口置換水準の2.07まで高めて、それを維持し続けねばならない。これがいかに現実離れした想定であることかは明白です。

現実離れした目標は政府への不信感を高めるだけ

目標には、達成するための目標(必達目標)と、理想とする目標(努力目標)の2タイプがあります。「人口1億人」が努力目標なのであれば、政府はそう明言すべきでしょう。つまり、「まず、達成はしないと思うが、目標に近づけるよう頑張ろう!」という示し方になります。もし必達目標なのであれば次の二つの問題を抱えていることになります。第一は、実現できなかった時の反動が大きい点です。政府が大々的に人口目標を掲げ、政策を推進してもなお、目標を達成できないとなれば政府への不信感が高まるとともに、「何をしても結局は無理」との悲観ムードが日本社会を覆う恐れがあります。日本創成会議の報告書によると、出生率が2025 年に1.8、2035 年に2.1となった場合に総人口は約9,500 万人で安定すると予測されています。2015年の合計特殊出生率は1.46ですから、0.3ポイント以上の開きがあります。今後数年の間に出生率が急上昇しないと、1億人規模で安定させることは難しいため、意外に早く白黒がはっきりします。この目標に向かってあらゆる政策が組み立てられ実施しているでしょうから、実現できないことが明らかになった時点で、一から政策を組み立て直さなければならなくなります。

先送りの論理

二つ目の問題は、-こちらの方が大きな問題と思われますが-、「適切な方法と内容で少子化対策を講ずれば人口が維持できる」と信じてしまうことで、少子化と人口減少が進むことを前提とした各種の社会改革、たとえば、社会保障の仕組みや経済政策のあり方を見直す最後のタイミングを逸してしまう点です。

選択する未来委員会第1回の甘利元大臣「日本の人口が8000万人で順調な経済成長が得られるのか」「そして社会保障がしっかり対応できるか、あるいは財政再建と経済成長はどうなのか…」との言葉に、このことが如実に表れています。

政策の誤りを認めることは、なかなか政府としては行いたくないのもわかります。しかし、現実には難しいと薄々わかっていながらも設定している高い経済成長率を、「本当は無理」と認めざるをえなくなった時点で、現行の社会保障制度も財政もこのままだと破綻することが明白になります。その高い経済成長率はアベノミクスが成功した上で、人口も長期的には下げ止まり、労働者一人当たりの労働生産性は上がり続けることで担保されます。このような「都合の良い想定」を積み上げることで初めて実現するものです。

少子化対策が不要といっているのではありません。

人口の急激な減少は経済活動、社会の維持の観点から避けられるなら避けるに越したことはありません。しかしそのために債務を膨らませるなら本末転倒です。日本国家の寿命を縮める打ち手といえます。今、早急に行うべきことは、財政負担にならない範囲の少子化対策を行うとともに、長期的に人口が減ることを前提とした社会保障制度の抜本改革や行政システムおよび都市の再編と考えます。