「拡大」よりも「持続性」を経営の重点に


人口減少時代の「労働」

私たちの仕事は、長い歴史をかけてより多くの財を生み出す方向に進化してきました。特に近代になると「技術の進歩による生産性の向上」が重要な戦略の1つとして明確に位置付けられるようになりました。

まずは、単純労働です。例えば定型的な流れ作業は機械が行う領域が広がり、今日では、製造現場にいる人間は機械を管理する人だけという状況まで来ています。次に、OA機器の普及により、事務作業が省力化されました。手書き、紙を使った仕事がペーパーレス化し、記録、保管、再利用が容易になりました。現時点では、人間が行う仕事を助ける程度ですが、ものづくり現場の無人化の流れを踏まえると、ホワイトカラー職場のIT普及は過渡的な現象であり、近い将来、AIが伝票作成などの定型的な事務作業を代替すると予想されますが、最終段階には職場から人がいなくなる可能性も示唆されます。

小売業も同様です。レジはバーコード読み取りにより、かなり省力化しましたが、次は無人化に進むと思われます。労働者が日本中で余っている時代ならいざ知らず、労働力が100万人規模で消える時代に、わざわざ人がバーコードを当ててもう1つのカゴに移すといった生産性の低いことを行う必要はないのです。

飲食業では、たとえばセントラルキッチンなどにより調理の省力化がおこなわれました。今度はウエイトレス、ウエイターの機械化によりレストランから労働者がいなくなるかもしれません。飲食店ではウエイトレスやウエイターなどの接客従業員が消え、調理員が消え、行き着く先は「無人化」ということです。コンビニや駅に設置されている証明写真ボックスをイメージしてください。液晶パネルからメニューを選び、お金を投入すると、加工調理された温かい料理が現れるような仕組みです。

「生産性向上」が働き方変質の動因

これまでの歴史を振り返ってみると、労働生産性の低い領域の仕事ほど消えてきたように見えます。今後、十数年間に182万人~790万人以上の就業人口が消滅する我が国の場合、特にその傾向は加速するでしょう。有効求人倍率が高くなっても失業者がなかなか減らないのは労働需給のミスマッチが進行しているためで、ミスマッチとは主に賃金面のことです。労働生産性の低い仕事の賃金を上げると収支が合わなくなるため、労働力が減り、売り手市場であっても賃金を上げられず、労働者は集まりません。特に、飲食業や介護・保育産業、建設、運輸、小売など、労働集約的な側面の強い業種は、人件費を増やすことが、即、収益を圧迫する要因となるため、採用を増やし人手不足を解消するために賃金をあげたくても、そう簡単にはあげられません。スーパーマーケットや小売店などでセルフレジが少しずつ広がりを見せていますが、さらに浸透し、今後は「人が対面でモノを売る」という状況は、人が売っても採算の取れるような、一部の高額商品の販売店か、高度な販売スキル、交渉力を持つ販売店でしか目にすることはなくなる可能性があります。

銀行の窓口対応や接客に感情認識ロボットの導入が始まりましたが、今後はコールセンターなどオペレーター業務もAIが担うようになるでしょう。

問題は設備投資の費用ですが、資本力のある小売、飲食の企業が無人化を先導し、一定程度普及すれば、機器の費用も下がり、中規模以下の事業所にも導入が進みます。運輸は自動運転システム、ドローンなどを組み合わせて物流の無人化が進むと予想されます。

タクシードライバーやバス・トラックの運転手は自動運転や群管理システムなどのITS技術により省力化や無人化が進み、自家用車は利用する権利のみを都度、購入する仕組みとなり車は“私物”から“共有物”に変わると言われています。無人化がネックになるのは主に福祉関連産業です。特に保育所や介護施設の運営は官製市場であり、人員配置などに縛りがあり、効率性の観点のみで人を減らすことはできません。劇的に生産性を上げるには介護保険法などの法令の改正による人員配置基準の見直しなどが必要になるでしょう。その点でITやセンシング技術、AI、ロボットなどを活用して、同じ質のサービスを仮に半分の職員数で提供できたとしても、他産業と比べるとハードルは高いです。

保育に関しては間もなく需要のピークを過ぎるため、少なくとも10年以内に保育士不足はさほど問題視されなくなります。深刻なのは介護労働力の不足であり、今でも不足気味ですが、10年以内に要介護高齢者の増加により、さらに数百万人レベルで介護職員が足りなくなります。いずれ、どこかの時点で国は介護保険制度を改正し、人と情報・ロボットによるハイブリッドな介護サービスの提供を前提とした仕組みに修整する必要に迫られるに違いないです。

このように労働力人口の減少に対応するため、付加価値生産性の低い産業領域から人の仕事が消えていくと予想されます。これまでの歴史が教えるところでは、機械などが代替しやすい領域から仕事が消えるのと同じ程度、新たな仕事が生まれてきた印象がありますが、これからは残念ながら、悲観的な材料の方が目につきます。

やはりAIは仕事を奪うのか?

第一にAIがもたらす仕事の変革は、高付加価値な領域に対して強いインパクトをもたらすためです。AIのディープラーニングとは、簡単に言えば人の持つ脳の機能、特に大脳新皮質の機能です。既存の知識をベースにしつつも、学習を積み重ねるなかでその知識をバージョンアップし続けます。知的労働はAIには強いとされますが、判断や決断は最終的には人が行うのであり、あくまでAIは補完業務しかできないと思われるかもしれません。しかしそれも奪われるのは時間の問題てはないでしょうか。たとえば数多くの過去の判例から論を組み立てる弁護士の仕事は、AIが導き出す答えから、判断するものに変わった場合、弁護士はどのような根拠で判断を行うのか。ここで注目したいのは、AIの「思考過程」はブラックボックス化されているという点です。

AIがどのような筋道で既存の情報の整理を行ったのか、そのプロセスがわからなければ、AIによるアウトプットの妥当性を弁護士が判断することは困難であり、実質的にはAIの出力結果を追認するだけになります。識別や予測の延長には判断の領域がありますが、「方針」と「判断」は連続しており明確に切り離すことは出来ないのです。

このように、AIなどによる第4次産業革命は、生産性の低い領域だけでなく、生産性の高い領域からも、人の仕事をなくしていく特性を持っています。

既存の仕事の半分はAIが取って代わるとの予測もあります。国立情報学研究所(NII) 社会共有知研究センター長 情報社会相関研究系教授 新井 紀子 氏は次のように指摘しています。「ホワイトカラーのボリュームゾーンは、この偏差値57.8の付近にあるからです。このホワイトカラーのボリュームゾーンをロボットで代替できるということは、半数のホワイトカラーが消えてもおかしくないことを意味します。つまりロボットを使えば、10人がかりでやっていた仕事を5人、あるいは3人でできるようになるのです」

これから先の変化としては、人が自ら手を下す領域が中抜きされるようになると予想されます。その方が中間搾取がなく、効率的に財を生み出し、最終消費者に提供できるからです。

最終段階にいたると、(理論上は)人の仕事は地球上からすべてなくなります。

もちろん、これは極端な想定ですので、人の仕事が全くなくなることは考えにくいですが、製造業、運輸業、教育産業、小売業、その他サービス業を含むあらゆる産業の中に、第4次産業革命の技術が織り込まれたとき、人の関与する部分はほとんどなくなる可能性があります。

仕事もなくなるが内需も縮む

前述の通り、我が国では人口が減少局面に入っており、新しい商品やサービスを開発して消費需要を仮に最大限、喚起したとしても、「より多くの財」を消費することはますます難しくなっています。消費されない財は財としての価値は持たず、経済効果としては生み出していないのと同じです。これまでは、生活に変化が生じる時、新しいビジネス、新しい産業が生まれ、新しい仕事が生まれてきましたが、そもそも国内では人口減少により、提供する財を購入する人が少なくなるため、新しい仕事が生まれるとしても、それはもっぱら外需頼みにならざるをえません。

具体的には観光業や輸出産業ですが、どちらも為替の影響や海外の景気の影響を受け、安定的ではない上、貿易の国際的なバランスに配慮しようとすれば永久に収益を拡大し、いつまでも外需を増やしていくことはできず、どこかで壁にぶつかるでしょう。そもそも世界人口そのものが無限に増加するわけではなく、おそらくあと数百年の後には減少に転ずると予測されるため、外需拡大は日本経済を活性化させる長期戦略にはなりえません。どの国とも共存共栄していくには、内需への対応を基本とすべきです。したがって、仕事は増えるよりも減る方が大きいと考える方が妥当です。

需要を上回る生産を続けていては、デフレはいつまでも脱却できません。需要に見合った供給量まで下がって初めて、マイナス金利という異常な金融緩和を行なわない状態で健全な設備投資が行われるようになります。ただしそれで終わりではありません。国内需要について言えば、その縮小スピードに合わせながら、生産量も仕事の中身も変え続けていく必要があります。これに生産性向上が加われば、労働力人口の減少以上に仕事の減少が進むと予想されます。なぜなら、高齢者や女性の就業率が高まれば、人口減少のスピードと労働力人口の減少スピードはほぼ同じとなり、AI等の導入により技術革新が図られ、生産性が高まればその分だけ、労働力は不要になるためです。したがって、労働供給と労働需要の将来的な減少ペースの関係が重要な点ということになります。労働力人口の減少分に見合った労働生産性の向上を促すことが望まれます。それ以上でもそれ以下でも労働市場に悪影響を及ぼします。拡大することがよい(あるいは、拡大しなければならない)と思い込んでいるところに一番の問題があるのてすが、政府も企業もいつの時点かに、そのことに気づいた時、慌てて産業政策も企業戦略も抜本的に見直すことをよぎなくされるでしょう。

無理に拡大しようとして破綻するのでなく、縮小しても持続させることに価値を置く経営に一早く変えることのできた企業こそ、生き残るのではないでしょうか。