「働き方改革」の先にあるもの
「社畜」からワーク・ライフ・バランスへの大転換
日本企業の人事部門の人事権は他国に比べ強いと言われています。正社員はそれなりの給与と雇用の安定性が保証される反面、無限定の労働を要求されたり、転居の必要な転勤を命じられても嫌と言えない面があります。一方、非正規社員は時間的な拘束力や責任の大きさは小さめですが、一般に処遇が低いため、男性の場合は「一家の大黒柱」として家計を維持することは極めて困難です。労働の二極化が進み、どちらも問題を抱えている状態が続き、より一層深刻化していることから、これを解決するために現在、国主導で「働き方改革」が推し進められています。正社員の労働時間がなかなか短くならない中で、賃金が上がらない、つまり労働生産性が低い水準のままであるのは、次のような事情があります。
「デフレの正体」
すでに2000年代初頭からわが国は人口減となり供給過多となっています。かりに「消費力」という言葉があるなら、わが国では消費力を生産力が上回った状態がここ何十年と続いています。生産力を落とさない限り、状況は変わらないでしょう。生産力を消費力に合わせるのが望ましいのですが、企業は右肩上がりの発想からなかなか抜けきれず、生産力を維持あるいは増加しながらそれ以上のコストダウンを図り、商品の価格を下げようとするため、長時間労働が改善しないまま、賃金も上がらないといった事態を招いています。非正規労働が増えているのも、需給バランスが崩れた状態で財を生み出し続けているために、利益を価格に適正に転嫁できず、人件費を下げようとした結果によるものですs。
このような企業に魅力があるはずはなく、人手不足でありながら、採用がうまくいかないのでも当然です。
「労働力人口社会」の到来が企業淘汰を促す
少子化の影響で新卒の総数が減少しても、仮にあらゆる企業も現状の人員規模を維持しようと思えば、取り合い合戦となり、他社よりも良い労働条件を提示せざるを得ません。これに賃金面で応えるのが難しい場合は、ワーク・ライフ・バランスが実現できる、などの働き方や福利厚生面での魅力を打ち出すしかありません。また、現有の人材資源を有効活用するには、育児中の女性や介護と仕事の両立を望む年配の管理職かが仕事を辞めずに継続できるようにすることも重要な労務管理の視点と言えます。賃金面でも、働く環境でも魅力のない企業には労働力は集まらず、淘汰されるでしょう。
このようなことから、働き方改革は国の後押しの有無にかかわらず、企業の基本戦略の一つに据えられつつあります。その一環として生産性の向上があり業務効率を高め、限られた時間資源を有効に活用するためのワークスタイル変革が進み始めています。ここ数年はこの流れが維持されると思われますが、もし、経済成長を前提にするなら、その先には労働力不足がさまざまな業種において顕在化し、もう一段の生産性向上の取り組みが求められるでしょう。それは1~2割程度の生産性アップでは済まされず、ビジネスモデルの見直しを図り、投入人員を半分にするくらいのインパクトを持つと思います。
ここしばらくは人手不足を補うAI化が続く
政府はAI等を用いて生産性向上を図ろうとしていますが、わが国の労働生産性は他の先進諸国と比べ、決して高い水準とはいえず、とくにサービス業では1990年代半ば以降、むしろ低下傾向にあります。
そのため、ここ5~10年の間は付加価値を高めるためのAI化よりはむしろ、人手不足を補うための生産性向上がめざされると予想されます。つまり、労働供給の制約が、第4次産業革命の技術(AI、ロボット、IoT、ビッグデータ等)の活用を促すということです。過重労働の社員の労働時間を適正化するとともに、少ない社員数でも同等のモノを生み出したり、サービスを提供できるようにするには、働き方の大幅な変革がなされるでしょう。もちろん、必要なスキルや能力も変化します。
次世代の「働き方改革」では付加価値の向上に重点が移行
ただし、人手不足解消だけが新技術の活かし方ではありません。人類の歴史が「財の産出を効率化する方向に」変化してきていることを踏まえると、生産性の低い産業では生産性向上につながる技術革新やビジネスモデルの変更が引き続き行われると予想されます。サービス業をはじめとした、現状では低い生産効率の産業分野の効率性が一通り高まった後、あるいは並行して、新たなサービスの開発・提供などにより付加価値を高める産業革命が起き、もう一段の働き方の変化が生じると思われます。
そのとき、新たな「働き方改革」が始まるに違いありません。